熊谷市 熊谷の歴史

熊谷の歴史

熊谷といえば「平家物語」に登場する武士、熊谷直実を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。剛直な鎌倉武士の典型的なタイプとして知られる熊谷直実の本拠だったのが熊谷市です。

 

地名の由来は諸説があります。代表的なものとしてはその熊谷直実の父親が熊を退治したのが由来というもの。その他には荒川が大きく蛇行していることから「曲谷(くまがい)」と名づけられたというものなどもあります。

 

熊谷の歴史は東国武士の歴史といっても過言ではないでしょう。平氏の先祖である桓武平氏の高望王の息子である村岡五郎という人物がこの地に住み着き平良文と名乗るようになったことでこの地は平氏の拠点となっていきます。この平良文から三浦氏や千葉氏、梶原氏といった源平合戦の際に重要な役割を果たすことになった一族が枝分かれしていくことになります。その後、中世に入ると熊谷直実をはじめとする熊谷氏の拠点となるのです。熊谷という地名もこれ以降につけられることになります。
江戸時代には熊谷宿という中山道の宿場が設けられ繁栄しました。

 

明治に入ると熊谷県が設置され、熊谷はその県庁所在地として繁栄しました。この当時には国会議員や市長、文化人など数多くの要人が生活していたといいます。しかし1876年に熊谷県は分離され、熊谷市は埼玉県に編入されることになります。

 

1889年には町村制施行により熊谷町に、そして1933年には市制の施行により熊谷市となっています。第二次大戦中には空襲を受けるなど多くの被害を受けましたが、その後復興。2009年には特例市の指定も受けています。


ラグビータウン熊谷

JR熊谷駅の正面口には大きなラグビーボールに乗った少年の銅像があります。
熊谷氏はラグビーが盛んで「ラグビータウン熊谷」をキャッチコピーにしているのです。

 

熊谷ラグビー場は1991年の3月にオープンしました。
招待試合が記念に行われその際にはなんと2万4000人ものラグビーファンが集まったのです。
場所は県営熊谷スポーツ文化公園の中です。
およそ100ヘクタールもの広い敷地でソフトボール場、スポーツレクリエーション広場、ジョギングコースも整備されています。
晴れた日にはメインスタンドよち赤城山、筑波山、秩父連山も望めます。

 

観客席はゆったりしておりグラウンドへの距離が近いので迫力ある試合を楽しむ事が出来ます。
バックスタンド側は体のぶつかりあう音、息遣いまでもが聞こえますので臨場感ある観戦が出来るのです。

 

ラグビー日本代表選手は埼玉県出身が多いのは知っていましたか?
有名なのは堀越正己さんで現在は現在立正大学にてラグビー部の監督を務めています。


熊谷の観光・街中の散策

熊谷観光では市内を散策するのが楽しいと言われています。駅から中央公園、旧中山道などを経るコースは歩きやすく、楽しい散策です。

 

駅の北口を出てすぐの場所に市民の憩いの場として有名な星川通りがあります。散歩道として整備された通りで、美しい並木と芸術性の高い彫刻が潤いや安らぎを与えてくれます。星川通りからさらに北に行くと市役所があり、その隣に中央公園があります。ここは平安から鎌倉時代に活躍し、地名の由来となったと言われている熊谷次郎直実にゆかりの公園で、娘である姫の名を付けた桜の銘木があります。 日本一長いおみくじがあることで有名な高木神社は公園から500メートルほどです。その先にある八木橋百貨店は旧中仙道の宿場町として繁栄した場所の名残を留めています。そこから南に行くと片倉シルク記念館があります。かつての製糸工場を改装した記念館で、古い製糸機械などを展示しています。さらに南に美しい庭園で知られる星渓園などがあります。JR線の方向に戻って宮本町まで行くと、そこに「まちの駅くまがや」があります。昭和30年代の喫茶店をイメージした休憩所があり、観光客に人気です。
熊谷まで観光に来たのだから、ついでに大人の遊びも楽しみたいという男性の方もいるかと思います。熊谷デリヘル大宮デリヘルと並んで、デリヘルさいたまの中でもサービスが良いと評判です。普段埼玉のデリヘルで遊んだことの無い方も、一度試してみるのも面白いのではないでしょうか。
河原町まで足を伸ばすと、江戸時代からの桜の名所として有名な熊谷桜堤があります。荒川土手にあり、広々とした空間を楽しむことができます。そこから熊谷駅に戻る途中に万平公園があります。ここも緑豊かで落ち着ける空間です。付近にはオシャレなカフェやおいしいランチの店があります。